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秋の行事

正倉院展に展示される正倉院宝物とは?図録や関連書籍の入手方法は?

投稿日:2017-07-09 更新日:

正倉院展に展示される正倉院宝物は、
いつの時代に誰の手によって、
どのようにして集められたものなのでしょうか?
それらが正倉院展として展示されるようになったのは何故なのかを、
わかりやすくまとめました。

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正倉院展に展示される正倉院宝物は誰が集めた物なのか

正倉院の宝物は、夫・聖武天皇を失くし、
悲しみに暮れていた妻の光明皇后が、

四十九日の法要の後、

あの偉大な聖武天皇が使われていた物を、すべて東大寺に納め、
廬舎那仏(奈良の大仏)をはじめとする御仏様にお捧げしようと考え、
愛用の品を納めたのが始めりです。

聖武天皇の遺品だけではなく、
東大寺の大仏開眼の儀式で使われた品など、
奈良を代表する宝物やく9000点も保管されているのです。

宝物の種類は、
天皇や貴族の生活用具、楽器、遊び道具から、
楽人や役人の服、さらにシルクロード諸国のものまで、
バラエティーに富んでいます。

聖武天皇が天皇だったころ、世の中が非常に不安定でした。
そのため聖武天皇は仏教を深く信仰し、

奈良の大仏をつくり、国ごとに国分寺と国分尼寺を建てて、
国と民の平安を願いました。

聖武天皇の妻は、光明子(光明皇后)で、

光明皇后の父親は、藤原不比等

光明皇后は、天皇家の人間以外としては初めて皇后になりました。

光明皇后は、夫・聖武天皇とともにあつく仏教を信仰し、
悲田院や施薬院を作って、身寄りのない子供や病人を救いました。

では、光明皇后は何故大仏に宝物を捧げたのでしょう?

聖武天皇の時代(8世紀中ごろ)には、病気が流行り、
大きな争いも起きて、世の中が乱れていました。

そのため聖武天皇は、仏教の力で国の不安を取り除こうと考え、
奈良に東大寺を建て、大仏を創りました。

大仏を創ることは、聖武天皇の大きな願いでしたので、
大仏が出来上がった752年には、盛大な儀式をしてお祝いをしました。

けれども、聖武天皇はその4年後に亡くなられてしまい、
光明皇后は聖武天皇のが大切にしていた珍しい宝物を見るたびに、
聖武天皇のことが思い出され、悲しくてなりませんでした。

それで、
聖武天皇のご冥福をお祈りするために、それらの宝物を大仏に捧げたのです。

正倉院展に展示される正倉院宝物はどのようにして日本に入ってきたの?

正倉院に納められている外国製の宝物は、
どのようにして日本に入ってきたのでしょうか?

正倉院に保管されている外国製の宝物は、
唐、新羅、渤海などの国々から船で日本に運ばれました。

とくに、唐は優れた文化を持つ大国で、
都の長安には、ペルシャ・インドなど
世界各地の文物が東西交易のシルクロード(絹の道)を通じて集まっていました。

ですから、日本からたびたび遣唐使を送って文化を学ばせ、
珍しいものを持ち帰らせました。

また、新羅や渤海から日本に宝物が贈られたり、
それらの国の使いや商人が運んできた品物を買ったりもしました。

鳥毛立女屏風の中に貼られた紙には、
新羅の使いから、鏡や香料などを買っていたことが記されています。

正倉院の宝物は、当時の外国との交流の証なんですね。

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★奈良国立博物館・・・たびノート★

正倉院展に展示される正倉院宝物の図録や関連書籍の入手方法は?

正倉院展に展示される正倉院宝物は、
すべて東大寺によって管理されてきました。

明治8年(1875)
宝物の重要性にかんがみ内務省の管轄となり、
次いで農商務省を経て宮内省に移り、
引き続き宮内庁の所管するところとなりました。

従って、正倉院は皇室の財産なのです。

正倉院の歴史や宝物について、イラストなどを使って解説された、
図録 カラーでわかるガイドブック
「知ってる? 正倉院」~今なお輝く宝物たち~ミネルヴァ書房

1250年以にわたって守り伝えられてきた正倉院宝物にまつわる秘話、
シルクロードや遣唐使とのかかわり、

宝物保存の取り組みなどについて、わかりやすく紹介されています。

里中満智子イラストやエッセイ、雅楽師・東儀秀樹さんら著名人への、
インタビュー記事も掲載され、すべての漢字にふり仮名がされているので、
小学生でも楽しく正倉院の歴史などを学ぶことができます。

http://shosoin.kunaicho.go.jp/ja-JP/Search正倉院宝物検索

宮内庁の『正倉院』ホームページでは、
宝物を検索して見ることが出来ます。

正倉院展2017年期間はいつからいつまで?空いている時間帯と行き方

正倉院に関する記事一覧

まとめ

正倉院の宝物の数々、
千年以上もの時間が過ぎてもなお、
それらの繊細な美しさは衰えず、
古の人々の技術の素晴らしさに心打たれます。

また、それらの品々を後世まで、
そのままに保管し続けるには、
大変なご苦労があることと思います。
そのおかげで、
私たちは正倉院の宝物を目にすることが出来、
当時の文化に触れることで、心癒されるのですね。

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