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春の行事

端午の節句の由来と意味は?ちまきや柏餅を食べたり菖蒲を用いる意味は?

投稿日:2019-02-27 更新日:

端午の節句は、桃の節句や重陽の節句と同じく、
五節句のひとつで、
昔から二十四節気などとは別に、祝祭の日とされていました。

節句の『節』とは、季節が変わる節目のことで、
節日(せちにち)とも言われます。

端午の節句には、古代中国の風習とのかかわりが強いのですが、
日本においての端午の節句も、時代ごとに由来や意味があり、
時代とともに移り変わり、現在の形になってきました。

端午の節句の食べ物として、ちまきや柏餅がありますが、
その由来や意味にも中国から伝わったものがあります。

また、端午の節句と菖蒲についての
風習や習慣の移り変わりをお伝えします。

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端午の節句の由来と意味は?

端午の節句の始まりは、女子の節句でした。

五月五日は、昭和二十三年(1948年)に制定された、
『こどもの日』としてなじみ深い日ですが、
古来より『端午の節句』という五節句のひとつでもあります。

端午の節句は、鯉のぼりや五月人形を飾り、柏餅やちまきを食べ、
男子の成長と健康、立身出世を願う行事でもあります。

端午の節句は男子の節句として祝われていますが、
実は、もともと女子の節句だったのです。

旧暦の五月は田植えの月でもあり、
農村では、田植えをする早乙女と呼ばれる女性たちが、
菖蒲やヨモギを軒先につるした小屋に、
前夜から一晩こもって身を清め、厄を祓い、
田の神様を迎えて豊作を祈願する、神聖な風習があり、
その女の子たちの節句だったのです。

一方、古代中国では、端午の節句に災厄を祓うために、
ヨモギで作った人形を門戸に揚げる習慣がありました。

この古い中国のしきたりが、奈良時代に日本へ伝わり、
邪気を払う力があるとされた菖蒲を利用した習わしが、
端午の節句に行われるようになりました。

奈良時代の宮中でも、菖蒲を身に着け、
菖蒲で屋根をふく儀式が催されるようになりました。

鎌倉時代に入り、武士の世になると、
菖蒲の葉が剣に似ていることから、
菖蒲が武道や武芸、武勇を重んじることを意味する、
『尚武』や『勝負』にも通じるとして、
端午の節句は男子の成長を願う行事という趣を強めました。

そして、江戸時代に五節句が重要な年中行事に制定された際、
女子の節句である三月三日の『上巳の節句』に対して、
『端午の節句』は五月五日に固定され、
男子の節句として公認されるようになりました。

それをきっかけに、武家社会に限らず、
一般庶民の間にも『端午の節句』が男子の節句として広まり、
定着していきました。

端午の節句の食べ物 ちまきと柏餅の由来と意味は?

端午の節句に『ちまき』や『柏餅』をお供え物として、
また、端午の節句を祝って食べる習慣があります。

ちまきは、平安時代ごろに中国から伝来された食べ物で、
約二千三百年前、
古代中国の楚の国で活躍した詩人で政治家の『屈原』に由来します。

国王の側近として篤い信頼を得ていた屈原でしたが、
周囲の謀略で失脚し、国の将来に希望を失って、
川に身を投げてしまいました。

人々は、屈原の命日である五月五日になると、
もち米のご飯を入れた竹筒を、
お供え物として川に投げ入れて弔っていましたが、
屈原のもとへ届く前に竜に食べられてしまいます。

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そこで、竜が嫌がる茅(チガヤ)の葉(笹の葉という説もあります)で、
もち米のご飯を包み、
魔除けとして 青・赤・黄・白・黒の五色の糸で縛って、
川に投げるようになったのがちまきのはじまりとされています。

一方の柏餅は、江戸時代に生まれた日本独特の餅菓子で、
古来より神聖な木とされていた柏は、
新芽が出るまで古い葉が落ちないことから、
武士たちが家系が途絶えないとして縁起をかつぎ、
柏の葉で包んだ餅を食べたのが発祥とされています。

現在、端午の節句では、
ちまきが中国より伝来した平安時代に都があった関西では、
伝統を重んじて『ちまき』が親しまれていますが、
関東では、江戸で生み出されて全国区となった『柏餅』が一般的です。

端午の節句に菖蒲を用いる由来と意味は?

端午の節句を象徴するものと言えば、
それぞれの家や各地で空に泳ぐ『鯉のぼり』です。

ところが、端午の節句に鯉のぼりを揚げるようになったのは、
江戸時代後半になって以降のことで、
それ以前は、端午の節句といえば『菖蒲』でした。

菖蒲はサトイモ科の植物で、根から強い芳香を漂わせ、
香りが高いことから邪気を払う力があると信じられていました。

中国から伝わった奈良時代以降は、
宮中でも魔を祓うために、菖蒲を軒につるす儀式が、
旧暦の五月に行われていました。

農村では旧暦五月の田植え前、
軒に菖蒲をつるした小屋に女性が一晩籠って身を清め、
豊作を願うという風習がありました。

時代が流れるとともに、菖蒲の災厄を祓う力は、
端午の節句でさらにさまざまな形で活用されるようになって行きました。

菖蒲の葉を身に着けるだけでなく、
髪に飾ったり、枕の下に敷いて寝たりしていました。

元々古代中国の習慣だった、菖蒲の葉を刻んで漬けたものや、
菖蒲を入れて沸かした風呂に入ったりする習慣も生まれました。

江戸時代には、
菖蒲の葉を平たい棒状に編んだ『菖蒲刀』で地面をたたき、
音の大きさを競う子供の遊び『菖蒲打ち』が、
端午の節句の風物詩でもありました。

江戸時代後半になり鯉のぼりを揚げる風習が生まれると、
端午の節句に菖蒲を活用して災厄を祓う習慣は、
徐々に姿を消していきました。

今では『菖蒲湯』に、
その名残をわずかに感じられるだけになりました。

あとがき

端午の節句といえば、やはり柏餅とちまきですが、
関東と関西での違いが、公家と武家にあったということで、
強い対抗意識を感じますが、
私はちまきも柏餅も大好きです。

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