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夏の季節と行事

和菓子の日の由来と歴史 行事やイベントで食べる和菓子とその種類は?

投稿日:2017-04-29 更新日:

6月16日は 和菓子の日

和菓子屋さんが 和菓子を売るために勝手に作った日ではありません
(今は 多少そういう要素もありそうな気がしますが・・・・)

和菓子の日には その起源や由来に
古~い歴史が秘められていたのです

甘いもん大好き人間の私としましては
なんとしてもその和菓子の秘密を知らなくてはいけないと
調べてみました

日本には季節の移り変わりとともに
様々な伝統的行事がおこなわれます

歴史の古い伝統のものや
近年行われるようになった流行のもの
その数ははかり知れません

そんな季節の行事にはお菓子と深く関わるものも多くあります

普段何気なく食べている和菓子ですが
その和菓子の歴史や由来を知った時

和菓子とともに 
雅やかな平安王朝に誘われる気がしました

これからはもう少し
心をこめて食べさせて頂きます!?

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和菓子の日の由来と歴史 記念日が制定された理由

食べるものが充分でなかった古代人は
空腹を感じると野生の「古能美」(木の実)や
「久多毛能」(果物)を採って食べていました

この間食が「果子」と呼ばれるものになったと考えられています

食べ物を加工する技術のなかった太古には
果物の甘みを特別な恵みと感じ
主食と区別していたのでしょう

和菓子の日起源となる由来と歴史についてですが

奈良時代に中国から伝来した砂糖は
薬として上流階級の人々が利用する貴重品でした

その後 鎌倉時代から室町時代に中国から伝わった
茶の湯の茶席で出された饅頭などの点心や 
戦国時代に南蛮貿易でカステラや金平糖といった
西洋菓子と出会ったことにより 
貴重な砂糖を使った甘いお菓子を作るという
大きな意識改革が日本人の間で生まれました

まだお菓子は貴族階級や大名などの
限られた人々の楽しみに過ぎませんでした

江戸時代に八代将軍・徳川吉宗の命により 
高価だった砂糖をオランダなど海外からの輸入だけに頼らず 
国内でも生産するようになりました

その改革によって砂糖の価格が下がり 
庶民もお菓子を手軽に味わえるようになりました

団子・くずもち・金つばなど 今も食べられている和菓子の多くは 
この江戸時代に誕生した物なのです

現在 6月16日は『和菓子の日』となっています
その起源は 平安時代初期の嘉祥(かじょう)元年6月16日

仁明天皇が猛威をふるっていた疫病を退け
健康と幸福を招くために 16個のお菓子とお餅を神様に供えた後 
それらのお菓子とお餅を食した行事『嘉祥喰』が始まりです

平安時代からの『嘉祥喰』という歴史を受け継ぎ 
江戸時代には6月16日に将軍が大名はじめ旗本などの家臣を集め 
大広間で十六種類のお菓子をふるまう行事『嘉祥の儀』が行われました

慶長の頃 豊臣秀吉が「嘉祥の祝」を恒例として行っていたことが
『武徳編年集成・四十四』に記載されています

『嘉祥頂戴』の異名もとった『嘉祥の儀』に習い
庶民の間にも
16文でお菓子やお餅を16個買い求めて食べる習慣が
広がったということです

このように 貴重品であった甘いお菓子によって疫病を鎮め
健康と幸福を招くという意味を持ち 
明治時代まで盛んに行われていたようです
6月16日の嘉祥の行事を 現代によみがえらせたのが
『和菓子の日』だそうです

行事やイベントに食べる和菓子

全国和菓子協会は
昭和54年6月16日を第1回として「和菓子の日」を制定し
『嘉祥の儀』の故事にちなみ
日本の食文化を正しく後世に伝え残すために
一層の努力を積み重ねることを目的として 
『和菓子の日』を記念日に制定しました

6月16日の和菓子の日 直近の週末に
明治神宮菓道敬神会の主催により
明治神宮で無料の和菓子配布イベントが行なわれています

会員の和菓子職人たちがその場で練り切りを作り参詣客に配布します

一年の行事に合わせて食べられる『和菓子』

~1月(睦月)~
正月 花びら餅
丸く平らに伸ばした求肥に菱型の赤い求肥を重ね
味噌あんとふくさごぼうを置いて二つ折にしたもの
古式の鏡餅に由来する正月には定番のお菓子
初釜には欠かせません

笑顔饅頭
薯蕷まんじゅうの頂に一点の紅をさしたもの
縁起物として正月の菓子贈りに用いられます
えくぼ饅頭ともいいます

~2月(如月)~
節分 豆・豆菓子
節分は現代文化に最も定着している行事の一つです
毎年「鬼は外、福は内」と豆まきをする人も多いでしょう
そして年の数だけ豆を食べて厄をはらいます

~3月(弥生)~
ひな祭り 菱餅
紅・白・緑の3色の餅を重ね菱形に切ったもの
これはそれぞれ桃の花・雪・草木を表わしているともいわれます
江戸時代頃からひな祭りに飾られるようになりました
明治時代頃までは三色の他に二色や五色の菱餅があったようです

ひなあられ
小さく切った3色の餅を煎って砂糖をまぶしたあられ

彼岸 おはぎ
春と秋のお彼岸にはおはぎをつくって仏前に供えます
小豆餡・胡麻餡・きな粉など様々な味があります
春の彼岸には牡丹餅(ぼたもち)
秋の彼岸はお萩(おはぎ)という説もありますが
これは後世になって考えられたもので
おはぎとぼたもちには厳密な違いはないようです

~4月(卯月)~
お花見 花見団子
白・紅・緑の団子を青竹串にさしたもの
華やかな花見の様子を表わしています

~5月(皐月)~
端午の節句 ちまき
もとは中国から伝わったもので
蛟龍や海神の悪行を防いだという故事にちなんで
厄除けの意味を持っています

かしわ餅
餡を包んだ餅をさらに柏の葉で包んだもの
柏は若い葉が出ないと古葉が落ちない縁起物で
跡取りが絶えないようにとの願いがこめられています

~6月(水無月)~
和菓子の日 各種和菓子
6月16日は和菓子の日です
室町時代末ごろから
この日に金十六文や米一升六合で菓子を買って贈り合うと福があるされました
これは仁明天皇の時代の故事に因んだものです
使われた菓子は時代や身分によって様々で
お好みの和菓子を贈って福を招いてみてはいかがでしょうか

夏越の祓 水無月
古く日本では夏の始まりである6月1日を氷の節供とし
氷を食べて夏の疫病除けをしていたようです
これにちなみ氷餅や凍餅を贈る習慣が生まれました
現在 京都では6月30日(水無月晦日)に
氷に見立て三角に切った白ういろうに
小豆をのせた水無月を食べ邪気を払います

~7月(文月)~
土用 土用餅
丑の日に鰻を食べるように
和菓子の世界では土用餅というあんころ餅を食べます
夏の疲れを甘いものが癒してくれるのです

~8月(葉月)~
盂蘭盆 団子・饅頭等
盂蘭盆(うらぼん–いわゆるお盆)には
仏様に花や精進料理と共にお迎えのお菓子を供えます
祖先の霊を供養するこの儀式は日本人が最も大切にしている行事の一つです

~9月(長月)~
十五夜 月見団子
旧暦の8月15日 新暦の9月13日の月を中秋の名月といい
ススキと月見団子を飾って月見をする習慣があります
月見団子は月を模してまんまるに作り
お馴染みのピラミッド型に積み上げますが
その数や積み方にも地方によって色々な形があるようです

彼岸 おはぎ
春と秋のお彼岸に仏前に供え 親戚に配るおはぎは
餡や餅も地域や家庭によってさまざまで
庶民文化に根差す庶民の和菓子です 別名萩の餅ともいわれます

~10月(神無月)~
重陽の節句 着せ綿
色あざやかな赤いこなしで菊の花をつくり
その上に自然薯のそぼろをのせた練切
旧暦の9月9日(重陽の節句)の前夜 菊の花に綿をかぶせて
その露と香りのする綿で顔を拭うと
寿命が延びるといわれたことに由縁して生まれた和菓子

~11月(霜月)~
亥の子 亥の子餅
旧暦10月の最初の亥の日亥の刻
亥の子餅を食べるという風習があります
これは猪が多産なことにあやかり安産や子孫の繁栄
無病を願うものです

七五三 千歳飴
3才の女の子は髪を伸ばし始める日
5才の男の子は袴をつけ始める日
7才の女の子は大人の着物で帯をつけ始める日として
11月15日 それぞれ成長の節目としてお祝いをします
この時 紅白2本の細長い飴『千歳飴』に我が子の長寿を願います

~12月(師走)~
餅つき 丸餅
師走の26~27日頃になると正月用の餅をつきます
鏡餅の他に偏平の丸餅をつくり
近所で交換し合う風習がありました
ただし29日は苦餅
31日は一夜餅といわれ餅つきは避けます

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人気のある定番の和菓子 その種類と由来

・大福は
もとは「腹太餅(はらぶともち)」と呼ばれ
腹持ちが良いという意味だと推測されますが
もともとは家庭でつくられていました
店で売られるようになったのは江戸時代のことで
小石川あたりに住んでいたおたまさんという人が
最初に商ったといわれています
最近では
硬くならず日持ちのよい大福も売られていますが
本来は餅でできているので 時間がたつと硬くなります
昔は火鉢で温めて柔らかくして食べていました
焼くと香ばしくなるので
昭和に入っても大福は焼いて食べるのが当たり前の和菓子でした

・落雁という趣きのある菓銘には諸説あります
昔は「らくかん」と称したようです
菓子自体は中国からの伝来といわれ
名前の由来も 中国の「軟落甘(なんらくかん)」という菓子が
日本に伝来してから「落甘」と略して呼ばれるようになり
さらに「落雁」と書くようになったとの説があります
また
江戸時代文禄年間(1592年~1595年)の頃
米の粉を四角に固めて黒ゴマを散らした菓子を時の帝に献上したところ
「白山の雪より高き菓子の名は 四方の千里に落つる雁かな」
との御製を賜ったことから
以降
「落雁」と呼ぶようになったという説もあります
他に越中井波の瑞泉寺を開いた綽如(しゃくにょ)上人が北陸に出向いたとき
雪の上に雁が降り立つ様子を見て命名したという説
また
蓮如(れんにょ)上人が石山寺にて
近江八景の瀬田あたりに雁が降りるところを見たてたという説
加賀藩三代目前田利常が指示して意匠させて後水尾天皇に献じたところ
賜った菓銘であるという説などがあります

・きんつばというと四角いものがおなじみですが
もともとは刀の鍔(つば)のように丸い形をしていました
現在でも丸いきんつばをつくり続けている老舗もあります
きんつばは 大阪で生まれて「銀鍔」の名で売られていた菓子です
当時の大阪の銀鍔は周りに米の粉をまぶして焼いていたので
焼き色がつきにくかったことから銀鍔でしたが
江戸では小麦粉を水溶きにし それをまぶして焼いたため
若干焦げ色がつき 金色にみえたことと
‘銀より金が上’とのことできんつばと呼ばれるようになりました
おもしろいことにその後 
発祥の地大阪でもきんつばという名で定着しました
四角いきんつばは 餡に寒天を加えて型に流し入れて固め
四角く切ります
そして
それぞれの面に水溶きした小麦粉や白玉粉を付けて焼いてつくります
六面を焼くので「六方焼き」とも呼ばれています

・最中は 元々干菓子で
現在の最中の皮の部分だけのものでしたが
のちに餡をはさんだり入れたりするようになりました
最中の名は
平安時代の『拾遺和歌集』にある源順(みなもとのしたごう)の歌
「水の面に照る月なみを数ふれば今宵ぞ秋の最中なりけり」
に由来するといわれます
皮の形状に工夫ができて様々な餡が使える最中は
各地に銘菓があります
旅行の際には 旅先の最中に注目してみるのも一興です

・羊羹は 中国から茶ノ湯と共に伝わった点心「羹(あつもの)」が
ルーツといわれます
元々は
羹という字のとおり羊の肉片が入った「汁もの」でした
当時
獣肉食を嫌った日本では
その汁の中に羊の肉に似せたものを
小麦粉や小豆などでつくり入れていました
その汁から中味が取りだされたものが羊羹のはじまりで
当初は蒸し羊羹でした
煉羊羹は江戸時代寛政の頃 (1800年頃) に
寒天が発見されたことにより新たに誕生したものです
「本煉り」「小倉」「栗」などの代表的なもののほかに
全国各地に様々な羊羹があります
例えば
北海道には特産の昆布を生かした「昆布羊羹」
佐賀県には「小城羊羹」
愛知県には尾張の殿様に献上したことから名付けられた蒸羊羹の一種で
とても柔らかい「上り(あがり)羊羹」など
特産物や歴史にいわれを持つものなど
地方色豊かです
買うときに由来を尋ねてみるのも楽しいものです

・加工品としての団子の原型は
縄文時代までさかのぼることができます
当時は
どんぐり・くぬぎ・トチの実などをすり潰して粉状にして水に漬け
アク抜きしてから粥状や団子状にして
食べるようになったことが始まりといわれます
団子という名前については
中国の菓子「団喜」から転じたという説
中国の団子(トゥアンズ)という餡入り団子が起源
丸いという意味の「団」と「子」が組み合わされたものなど
諸説あります
歴史の中で育まれてきただけに
小さな団子が串にさしてあるものもあれば
ひとつで大きな団子もありますし
きび団子・花見団子・よもぎ団子・洲浜団子・坊ちゃん団子・蕎麦団子・糸きり団子
など多くの種類があります

・ちまきは中国から伝わったものですが
おもしろい伝説があります
紀元前4世紀頃 楚の国の王族 屈原(くつげん)という人が
王様の政治に絶望して湖に身を投げて死にました
屈原の死を悲しんだ家族や村人は
毎年
屈原の死んだ5月5日になると湖に供物を捧げていました
ところがある日
村人の夢に屈原が現れ 湖には悪龍がいて 
供物を横取りされるというのです
そこで村人たちは 
葦の葉で供物の菓子を牛の角のような尖った形に巻いて
悪龍が食べないように工夫して捧げたといいます
その昔
ちまきを「角黍」と書いたことも この言い伝えを聞くとうなずけます
日本では
牛の角のような形のほかに ひし形 三角形 俵型など
各地に伝統的な形のちまきがあります
大切な穀物でつくったちまきを
ハレの日に神聖なものとして食べる風習が同時発生的に起こり広まって
それが屈原の伝説や端午の節供と結びつき
5月5日に食べられるようになったと考えられます

・柏餅は 端午の節供(句)に無くてはならない菓子です
柏の木は新芽が出ないと古い葉が落ちないという縁起から生まれました
子孫が居なければ家が途絶える武家社会では
子孫繁栄を象徴する菓子として喜ばれたのですね
端午の節供(句)に柏餅を食べる風習が根付いたのは
この縁起の良さのほか 餅で餡を包むときの手つきが
柏手を打つ動作に似てめでたいという意味もあったようです

・桜餅は 塩漬けした桜の葉で餅を包むという
当時として新鮮な工夫は
江戸時代 向島にある長命寺 (徳川家光の命名) の門番をしていた
新六という人が発案しました
春になると桜の葉の掃除に苦労していた新六さんは
葉をなんとか利用できないものかと考えました
そこで塩漬けした桜の葉で餅を巻いて売り出したところ
大変に評判になったといいます
桜餅の生地は2種類あることをご存知ですか? 
関東では
小麦粉を水で溶いて平鍋で薄く焼いた生地に餡を包みます
関西では
「道明寺粉」でつくります
道明寺粉は 千年以上も前に
大阪の道明寺が発案した「道明寺糒(ほしい)」という
餅米を蒸して干してから粗く挽いたもので
兵糧(保存食・携帯食)として用いられたものです
現在では
関東関西を問わず「焼皮の桜餅」「道明寺粉の桜餅」両方が販売されています

・おはぎは 粒餡の小豆の皮が点々と散っている様子が
小さな萩の花が咲き乱れる様子に似ていることから
「萩の餅」「萩の花」と呼ばれていたものを
(中世の宮中の)女官などの言葉使いで
「おはぎ」と呼んだことに由来するといわれています
江戸時代には「隣知らず」と呼ばれていたこともあります
餅というのに臼でつかずにつくるため
‘ぺったんぺったん’と餅をつく音がしないので
隣に住んでいる人が気付かないうちにできあがることからこう呼ばれました

まとめ

6月16日の和菓子の日には どんなお菓子を食べますか?

暮らしの中から
季節感や風物詩が失われつつあるといわれています
街を歩いても季節感を感じさせてくれるものが
めっきり少なくなってきました

かつてはもっと自然の風物にも恵まれ
食べ物や植物を通じて季節の移り変わりや豊かな自然を身近に感じ
四季を味わうことに深い喜びを見いだしていたはずです

和菓子は、いまも季節を大事にしています

ちなみに3月12日は『スイーツの日』です

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