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冬の行事

サンタクロースとクリスマスの関係は?赤い服の由来とプレゼントはなぜ配る?

投稿日:2018-09-26 更新日:

サンタクロースとクリスマスの関係って、
子供に尋ねられた時、ちゃんと答えられますか?

子供が小さかった時は、
「おりこうさんにしていたら、クリスマスにサンタさんがプレゼントをくれるのよ!」って言うと、
素直に言うことを聞いてくれていました。

でも、子供も大きくなると、
「クリスマスプレゼントには〇〇が欲しいって、サンタさんに言っといて!」
なんて、
すべてを見透かしたような生意気なことを言うようになります。

こんな時、
サンタクロースとクリスマスの関係や、
サンタさんがなぜ赤い服を着ているのか、
プレゼントを配る由来は何かということを、
親としてきちっと答えられるようにしておきたいですね。

サンタクロースとクリスマスの関係や、
赤い服やプレゼントの由来をお伝えします。

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サンタクロースとクリスマスの関係は?

赤い服を着たサンタクロースと、
イエスキリストの降誕を記念するクリスマスとでは、
直接的な関係はありません。

クリスマスはイエスキリストの降誕祭とされていますが、
聖書には、12月25日がイエスキリストの誕生日だとは書かれていませんし、
イエスキリストの正確な誕生日は未だに不明です。

宗教行事として12月25日に、
「キリストの誕生を感謝する日」とされているのです。

では、なぜ12月25日がキリストの誕生を感謝する日に決まったのかと言うと、
一年中で昼間が最も短く夜が最も長い『冬至』に関係しています。

キリスト教以前のヨーロッパや中近東の宗教でも、
また日本や古来の中国でも、
冬至を境に『太陽の力が復活する日』として、
太陽の恵みが再び蘇り春に向かうことを祝う行事がありました。

キリストの誕生を祝う行事も、冬至と重ね合わせ、
太陽の恵みになぞらえる意味が込められていたとされています。

ですから、12月22日頃とする冬至に対して、クリスマスの12月25日とでは、
それぞれの文化の中で用いていた暦の違いからズレがありますが、
『太陽の力が復活する日』という意味においては同じと考えられます。

そこで、サンタクロースとはいったい何者なんだ!
ということですが、
4世紀頃、今のトルコにあった小さな町で、
アジア南西部のリュキア地方の古代都市ミュラの司教、
聖ニコラウス(270年頃~343年頃)が、
サンタクロースのモデルとされています。

この聖ニコラウス、
セントニコラウスという名前が後に、
サンタクロースになったと言われています。
Saint Nicholas→Santa Claus

その聖ニコラウスの伝説として伝わるお話があります。

ある時ニコラウスは、
貧しさのあまり三人の娘を身売りしなければならなくなる家族の存在を知った。

ニコラウスは真夜中にその家を訪れ、
窓から金貨を投げ入れた。

このとき暖炉には靴下が下げられていており、
金貨はその靴下の中に入ったという。

この金貨のおかげで家族は、
娘の身売りを避けられたという逸話が残されています。

また、無実の罪に問われた死刑囚を救った聖伝も伝えられ、
誘拐された7人の子供を復活させ助けたという伝承から、
子供の守護聖人ともされました。

ミュラの司教であった聖ニコラウスは大主教となり、
六世紀には聖人に列せられた後、
ニコラウスの命日にあたる12月6日が聖二クラウスの祭日となりました。

ニコラウス祭の時にはニコラウスに扮装し、
お供を従えて子供の居る家に訪問してプレゼントを配ったり、
この日に贈り物を行うと縁起が良いとされるため、
プレゼント交換が盛んに行われていました。

ところがニコラウス祭は、
始めの頃の意義や内容が失われたり忘れられたりして、
形ばかりのものになってしまい、
祭り騒ぎに乗じて若者が暴動を起こすようになりました。

やがて祭りは悪慣習として廃止となり、
キリスト教の行事から切り離される処置がとられ、
ニコラウス祭は次第に衰退していきました。

その頃、新大陸が発見され、
ヨーロッパからアメリカへの入植が盛んに行われました。

現在のニューヨークのマンハッタン島では、
ニコラウス祭が盛んだったオランダのアムステルダムから、
多数の入植者が移住して来たために、ニコラウス祭が行われていました。

しかしその後、マンハッタン島はイギリス領に併合されたため、
プロテスタント系であるイギリス国教会の影響でニコラウス祭は廃止され、
イギリスのクリスマスに登場する、
聖ニコラウスから変化したファーザークリスマスが、
オランダ語での聖ニコラウスに当たる、
サンタクロースの名前で呼ばれるようになったと言われています。

サンタクロースの起源となった聖ニコラウスの功績を称えるニコラウス祭は、
クリスマスの日と合わさり、今の形が出来て行ったのです。

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サンタクロースの赤い服の由来とは?

サンタクロースと言えば、
白い縁取りがある赤い服を着た、白髭の太っちょなおじいさんが、
トナカイの曳くソリに乗ってプレゼントを配る、
そんなイメージが目に浮かびます。

でも、この赤いコスチュームのイメージが定着したのは、
コカ・コーラの販促ポスターによる影響が大きいと言われます。

サンタクロースの赤い服自体は、聖ニコラウス司教の祭服を、
イメージしたもので、
コカ・コーラ社が発案したものではありません。

コカ・コーラの広告にサンタクロースが初めて採用されたのは1931年で、
赤をベースに白い文字で書かれたコカ・コーラのロゴと、
サンタクロースの赤いのイメージがうまくマッチしたことで、
世界的にサンタクロースの赤い服のイメージが行き渡ったのも、
コカコーラ社の販売網の大きさによるものと言えるかも知れません。

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それまでは、緑や青といった多様な色のサンタがいて、
必ずしも服の色までは固定されていませんでした。

もし今現在、青や緑のサンタクロースの衣装の人が町に立っていても、
誰もサンタクロースとは言わないのではないでしょうか。

サンタクロースの服の赤い色以外では、
「太っていて、白いひげをはやして..」といった、
現在のキャラクターイメージは、
トーマス ナストの描いたサンタクロースがベースではないかと言われます。

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サンタクロースがプレゼントを配るのはなぜ?


聖ニコラウスの功績を称えるニコラウス祭は、クリスマスの日と合わさり、
ニコラウス祭のプレゼントを配る、
またはプレゼントを交換するという習慣が、
クリスマスにサンタクロースがプレゼントを配るという、
今の形になって行ったのです。

聖ニコラウスが貧しい人や困っている人たちに、
贈り物をして助けたという伝説が形を変えていって、
聖ニクラウスの日と定められている12月6日に、
子供たちにプレゼントをくれる人というイメージができ、
ヨーロッパの各地で今もこの日にプレゼントをする習慣があります。

それでもヨーロッパの各地でバラバラだった12月の行事と、
クリスマスの関係が、
今のように一つにまとまった姿になったのは、
アメリカに移民して行った人たちがそれぞれの風習を、
アメリカで融合させて行ったのが一因だと考えられています。

アメリカ文化の力が強くなって、
今ではヨーロッパにそれが逆輸入される形でまた形を変えているようです。

日本でサンタクロースが広まったのは、
このアメリカ式のクリスマスだと考えられます。

太った白い髭のおじいさんが赤い服を着て、
トナカイのそりでプレゼントを配るのが24日の夜、
という今では公式みたいになっているクリスマスについての決まりも、
実は19世紀以降に定着したものです。

サンタクロースがなぜ煙突から入ってくるのか?

これには聖ニコラウスが貧しい家にお金を配る時に、
暖炉の煙突に投げ込んで行ったという伝承が、
影響を与えているとも言われています。

また、貧しい家の娘を助けるため煙突から金貨を投げ入れ、
それが靴下に入った、という伝説もあり、
そこからサンタは煙突から入り、
プレゼントを靴下の中に入れるとなりました。

赤い服のサンタクロースやプレゼント、
いずれも、イエスキリストの御降誕とは直接関係のない、
伝承や創作によるものです。

歴史的にはまず冬を越すための祈りと祭があって、
プレゼントも存在し、
そこにキリスト教のクリスマスができて、
さらにサンタクロースがそのプレゼントをくれる人として定着した、
ということになるのでしょう。

聖書にはキリストの誕生時に、
東方の三賢者が黄金と乳香(にゅうこう)と没薬(もつやく)を、
贈り物として持ってきた記述があります。

今でもミッション系の学校では、
クリスマスにキリストの誕生劇が行われます。

その劇の中に出てくる『生まれたばかりのキリストに三賢者が贈り物をした』
という話と結びついて、
アメリカ全土で「クリスマスにサンタがプレゼントを贈る」
という習慣が生まれたとされます。

日本でのクリスマスはいつから?

日本でクリスマスがイベントとして一般化しだしたのは意外と早く、
明治前半のようです。

明治時代の新聞記事によると、
1875年(明治8年)には東京で、
一部の日本人大衆がクリスマスを祝っているとの記録があります。

その頃の記事からは、世俗的な意味で、
早くも日本人がクリスマスに盛り上がっている様子が伺えます。

そして、明治後期には一般的に祝われるようになって、
日本の大都市でツリーやイルミネーションが施され始めました。

更に歴史を遡れば、
日本でイエスの降誕を記念したとされる最初の記録は、
現在の山口県で1552年とされます。

1549年にフランシスコ・ザビエルが来日しているので、
少なくともフランシスコ・ザビエル本人は
その年からクリスマスのミサを行っていると思われます。

キリスト教禁教の時代では、
信者は隠れキリシタンとして潜伏します。

司祭がいない時代が200年以上続きましたが、
信仰を維持し、この時代は「ご誕生」としてクリスマスを記念したようです。

時代は流れ、明治政府により、
キリスト教を禁じる高札の撤去が行なわれた後、
公に行なわれた降誕祭の記録は1874年(明治7年)です。

日本人信者や宣教師によって開催されたとされます。
(このあたりは他説もあるかも知れません)

何をもって「公に」かが微妙ですが、
再び来日し始めた宣教師と信者が 隠れて行なう行事は、
江戸末期から行なわれたように想像できます。

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あとがき

サンタクロースとクリスマスの関係

今では同じ12月25日の行事なので、
どちらも同じ一つの行事だと思われている人が多いようです。

プレゼントを贈ったり贈られたりする習慣も、
何でプレゼントをするのか、なぜプレゼントされるのか、
あまり深く考えたことがなく、
とりあえず、貰ったらうれしい!という感じでした。

子供に『サンタさんはなぜ赤い服を着てるの?』って訊かれても、
もう安心です。

『クリスマスって本当はね…』って、
子供に得意げに話せますね。

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