京都の金平糖専門店緑寿庵清水
宮内庁御用達の金平糖が話題になっていますが、
京都の金平糖専門店 緑寿庵清水の店舗がある場所をご案内します。
宮内庁御用達と言われる緑寿庵清水の金平糖ですが、
緑寿庵清水のルーツや、
金平糖の語源が何語からきているのかなど、
また、宮内庁御用達の金平糖が入ったボンボニエールの歴史について、
まとめて見ました。
京都の金平糖専門店緑寿庵清水の店舗のあるところは
京都の金平糖専門店緑寿庵清水の店舗があるところは、
京都市内の北東、京阪出町柳駅や、京都大学から程近いところにあります。
京都市バス「百万遍」バス停から徒歩数分の場所にあり、
お天気が良ければ下鴨神社からでも歩いて行ける距離です。
京町家風のお店の中はこじんまりしていて、
昔ながらの製法による金平糖の数々に目を奪われます。
お味見すると、どれもはんなりとした上品なお味です。
午前中でも売り切れが続出、
お店のオープンする10時に訪れた方がよさそうです。
人気の味はすぐに売り切れてしまうようで、
昼過ぎに訪れたときは、もうちょっとしか残っていませんでした。
結構なお値段ですが、食べてみれば納得!
お土産にするととても喜ばれます。
他にはない伝統と手間を考えると妥当なお値段なのでしょうか。
所在地: 〒606-8301 京都府京都市左京区吉田泉殿町38番地2
電話: 075-771-0755 FAX: 075-771-0766
営業時間:10:00~17:00
定休日:水曜・第4火曜
長い歴史を持つ京都の老舗専門店『緑寿庵清水』が、
2017年12月21日 東京・銀座に初進出し、
創業以来初となる直営店
『銀座 緑寿庵清水』が登場しました。
所在地:〒104-0061東京都中央区銀座6-2-1
Daiwa銀座ビル1F(泰明小学校側)
TEL 03-5537-9111 FAX 03-5537-9112
営業時間:平 日 10:00~19:30 土日祝10:00~18:30
定休日:月曜日(祝日の場合は営業)
金平糖専門店緑寿庵清水の歴史
創業は弘化四年(1847年)
現在と同じ京都・百万遍の地に初代・清水仙吉が暖簾をあげました。
当時は無煙炭で火を起こし、
一種類二ヶ月ほどかけて手づくりしていたといわれています。
二代目・清水庄太郎が受け継ぎ、
三代目・清水勇になったころから、
少しずつ肉桂、濃茶などの金平糖を作り始めました。
四代目・清水誠一になり、
本格的にさまざまな素材を使った金平糖作りに挑戦し、
五代目・清水泰博とともに現在は約60種類ほどの金平糖を作り出しています。
緑寿庵清水の金平糖は、
初代・清水仙吉から清水家に代々伝わる一子相伝の技で作り上げる、
秘伝の金平糖なのです。
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京都の金平糖専門店緑寿庵清水 金平糖の語源は何語
金平糖の語源は、
ポルトガル語の「confeito(コンフェイト)」からきているといわれています。
昔は「金米糖(こんべいとう)」ともいわれたそうですが、
今では関西では「こんぺんとう」、関東より北の方では「こんぺいとう」と、
地方によって少し違いがあるようです。
この“コンフェイト”という言葉を当時の人が耳にしたとき、
「こんふぇいと」から「こんふぇーとー」「こんぺーとー」と聞いたようです。
そして金色に光る米粒のようで、食べると甘い糖蜜の味がするということから、
『金平糖』という字があてられたようです。
「コンフェイト」とはポルトガル語で、
「砂糖菓子」または「球状のお菓子」という意味の言葉です。
金平糖の歴史
金平糖は1546年の戦国時代に「南蛮菓子」の1つとして、
ポルトガルからもたらされた異国の品々のひとつで、
中でもひときわ美しく人々の目を引いたお菓子だったそうです。
キリスト教の宣教師ルイス・フロイスが、
当時の権力者だった織田信長に京都の二条城で謁見した際に、
献上された品の中に金平糖があったという説が有力です。
織田信長も宣教師ルイス・フロイスから贈られ、
その形と味にたいそう驚いたということです。
金平糖は当時はとても珍しく、
公家や高級武士しか口にすることが出来ない貴重な品とされ、
製造法はいっさい秘密でした。
日本で金平糖が作られる様になったのは、
長崎を始め、京都、江戸と伝わり、
18世紀には庶民の間にも広まっていき、
それ以降皆様に親しまれるようになりました。
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金平糖専門店緑寿庵清水 宮内庁御用達ボンボニエールの歴史は?
ボンボニエールとは、
ボンボン(Bonbon・糖衣菓子・砂糖菓子)を入れる菓子器のことを、
フランス語でボンボニエール(フランス語: Bonbonnière)というそうです。
ヨーロッパでは、慶事に際して砂糖菓子が贈られることが多く、
菓子器にも記念品としての性格が生じて、
装飾性の高いものが生み出されたのです。
金平糖は明治時代以降「おめでたい高級お菓子」ということで、
慶事の際の引き出物として使われるようになりました。
日本では近代以降、宮中宴会の記念品(引出物)として配布される、
意匠を凝らした菓子器・工芸品がボンボニエールの名で呼ばれます。
明治27年(1894年)明治天皇と昭憲皇太后の銀婚式を祝う大婚25年晩餐会に、
引出物として鶴亀の銀菓子器が登場したのが記録に残っていますが、
「ボンボニエール」という名では呼ばれていませんでした。
昭和3年(1928年)の昭和天皇即位大礼の宴会に際しては、
公式記録に「ボンボニエール」が配布されたことが記載されています。
そして皇室の慶事の際に、引き出物として出されるボンボニエールに、
金平糖を加えて供されています。
緑寿庵清水の金平糖は、
皇室御用達!
完成までに二週間!
というキャッチフレーズとともに評判を呼ぶようになりました。
最近では、2014年に行われた典子女王の結婚式で、
彼女のお印である蘭と、相手の千家国麿家の家紋をあしらった
陶磁器製のボンボニエールが贈られました。
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あとがき
金平糖がこれほど歴史のある由緒正しいお菓子だったとは…
氷砂糖の一種かと思っていたのは、恥ずかしい限りです。
そう言われて食べてみると、
緑寿庵清水の金平糖は、お品がよろしいようです。